建築年表 住宅編

1966

加藤正邸

1966年

札幌市西区宮の沢2条1丁目

現存せず

加藤正

三ツ輪工務店

南面「新住宅 昭和42年8月号」 新住宅社/昭和42年8月

北東より「新住宅 昭和42年8月号」 新住宅社/昭和42年8月

 手稲山の東裾にあたるこの辺りは、地下鉄東西線の終点である宮の沢駅が出来てから急速に発展しましたが、加藤邸の竣工時にはまだ牧歌的な風景の残る地区だったそうです。そのような土地をあらかじめ手に入れていたという加藤正さんは、勤めていた国鉄北海道支社の退職を間近に控えると、自宅の設計に取り掛かられました。

 出来上がった加藤邸の外観は、札幌硬石という石を練積みしたかなり個性的なものでした。さらに居住スペースを持ち上げて、薄い屋根を緩勾配で架けています。野趣あふれる材料を使ってモダンな構成をとるという、まさにプロの感性といえるデザインが実現したのです。

表札のついたバルコニーと平面図「新住宅 昭和42年8月号」 新住宅社/昭和42年8月

 1階は鉄筋コンクリートの壁に外周側だけ札幌硬石を鉄筋で結び付けてあるそうです。一方、居室のある2階は石と石の間をモルタルで埋めながら積み上げられており、部分的に木柱を活用しながら屋根を支えています。ヨーロッパの民家のような雰囲気は、リビングに据え付けられた暖炉によってさらに印象づけられています。

暖炉のあるリビング「北国の住まい9 建築家の建てたマイホーム」 建設情報社/昭和44年12月

 実はこの暖炉はサブの扱いで、メインの暖房は床下式の温水パネルヒーティングなのでした。私の知るところ、札幌ではほとんど最初の床暖システムの採用のはずでして、加藤さん曰く、暖房のための労働からの解放と目障りな放熱器の追放、頭寒足熱の合理的採暖を狙ったものだったそうです。重油式ボイラーのお陰で、加藤家では石炭の補充や掃除などの苦労から逃れることができ、蛇口をひねれば浴槽や洗面所でも温水が出てくるという快適さを得られたそうです。

書斎の暖炉と欄間が解放されたリビング「新住宅 昭和42年8月号」 新住宅社/昭和42年8月

 リビング・ダイニングはそれほど広くありませんので、室内壁面の石積みが圧迫感を与えたかも知れません。欄間が取り払われて空間に伸びやかさが演出されているのはこれらへの対処に違いなく、こうすることで柱や梁に使われた丸太の個性も活かされたようです。これに対して書斎は狭く閉じられた空間で、ここにも小さな暖炉があり、ワインやウイスキーを口に含みながらの冬の読書はこれまた格別だったことでしょう。

 親しみやすい外観でありながら隙の無いデザインと最新設備をもった加藤邸。そして、この南側には前年に建ちあがったばかりの坂本直行邸がありました。ともに高床式のデザインであり、坂本邸は三角屋根、加藤邸はほとんどフラットな屋根でした。この2棟並んだ風景も見応えのあるものだったでしょう。一度眺めてみたかったものであります。

玉村マキ様より

後日談

ある日、加藤正さんのお孫さんからメールを頂きました。
いつかあの家に住んでみたいなあと思っていたこと、
祖父母が庭で育てていたアスパラのなんとおいしかったことなどの昔話、
そして、思い出の写真も数枚送って頂きました。

紅葉したツタが外壁に這った晩秋の様子に、素敵な時間の経ち方だと思いました。
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