庭からの外観
一方、外部空間が飛翔するとはどういう意味なのでしょうか。コンクリートブロックを2重に積んで外部にもコンクリートブロックを見せるという行為に解答のヒントがありそうです。外部の仕上げは何でも良い、選択の自由のあることが飛翔だと思えそうなのに、もう1枚コンクリートブロックの壁を立てねばならないという選択の制限や難しい施工の果てに得られるのが飛翔だということなのでしょうか。
不自由な外壁の中に自由な空間があると言葉で遊ぶことは、いささかキザに陥りましょう。難しく考えず、単に安価な材料であることと、内部と外部の材料が同じであることが素直に美しいと考えることが重要なことかも知れません。圓山先生は、建築構造の工夫で窓を建物の角に配置したり、弧を描いた外壁を表現しましたが、これはコンクリートブロックで仕上げられていればこそ、その美しさが引き立っているものと思われます。
圓山先生がコンクリートブロック造の住宅に真正面から取り組んでいた1980年代。建築界では、様々な材料が登場し、カラフルに彩られ、派手な形の建物であふれ始めてきたところでした。そのような中で、
寸法の決まった灰色のコンクリートブロックとじっくり対峙するということは、世の安易な自由に背を向けてその限界を超えようとする、そしてその可能性を追求しようとする姿勢だったに違いありません。外側の飛翔とは、このような心象を意味していると思われます。そして、この価値観に共感できる人が真の自由の翼の持ち主である、あなたなら飛翔できる、コラムタイトルはこのように宣言しているのではないでしょうか。
このように考え及んで、コンクリートブロックに対する私の偏った印象は変化しました。ただし、その内と外が飛翔しているコンクリートブロック住宅に限ってその魅力がよく理解できたということです。やはり、コンクリートブロック塀はどうしても私を遠ざけます。重たいままでどこにも飛翔を感じさせてくれないからなのかもしれません。