ホッケン研 訪問取材

第16回

レッスンルームのある家 須見邸

アーブ建築研究所 圓山彬雄

1986(S61)年1月

補強コンクリートブロック造3階建 197㎡

三上建設

札幌市西区山の手
 この夏、アーブ建築研究所 圓山彬雄先生の初期住宅作品 「レッスンルームのある家」(1986年)を訪れるチャンスを得ました。われわれの訪問取材対象も1980年代にまで広がってきたなとしみじみ感じながらの訪問となりました。
 この「レッスンルームのある家」はコンクリートブロック造の住宅でした。コンクリートブロックと聞いて私がまず思い浮かべるのは、正直に申し上げて個人的に好きではない(ひとまず、すみません)コンクリートブロック塀です。このような私の偏った認識は、子供の頃、コンクリートブロック塀つきの新興住宅街に接していたことに始まっています。板塀や生垣のある住宅に慣れ親しんでいたせいで、引越した町に初めて見たコンクリートブロック塀の硬い手触りと重々しい威圧感が、好ましくない印象となって記憶に残っているのです。1969年に法律が変わって木造住宅にもローンが適用されるようになると、それまで融資対象だったコンクリートブロック造住宅は下火となりました。恐らくこうして、余り出したコンクリートブロックを消化するかのようにコンクリートブロック塀が急増殖したのではないでしょうか。思えば当時の私は、この「急増殖」を不機嫌に見ていたのです。

 しかし、圓山先生の設計されたコンクリートブロック造住宅をしっかりと見学できれば、私のこのような偏った考えを修正できるに違いありません。私はこっそり期待を忍ばせて「レッスンルームのある家」を訪問したのでした。

レッスンルームで再会を喜ばれる須見さんと圓山先生

 建主の須見さんは、この住宅を建てる20年程前に室蘭で知り合いの設計士に頼んでコンクリートブロック造の住宅を建てられていたそうです。ある日のこと、ピアノレッスン室を木造で増築した際、コンクリートブロック造の気密の良さと暖かさに改めて気がついたのだそうです。ですから、札幌に土地を求めて住宅を建設するにあたり、最初からコンクリートブロック造で建てることを決めていらしたそうなのです。

 こうして圓山先生に出会った須見さんは、その3年前にコンクリートブロック造で完成したばかりの「内田邸」を見学されると、その優美な弧を描いた外観デザインと内田さんのお住まい方に感銘を受けられ、正式に圓山先生へ設計をお願いされたとのことでした。完成した須見邸は1階にピアノレッスン室、2階にLDKと水回り、そして3階に子供部屋と寝室という構成となりました。

厚い外殻に支えられて、内と外が飛翔する

 これは、当時の建築雑誌に寄せられた圓山先生のコラムタイトルです。厚い外殻というのは、外断熱工法を採用したコンクリートブロック2重積みの壁のことを言っています。しかし、その内側と外側が飛翔するとは、なんとも文学的な響きではありませんか。これがどのようなことを意味しているのかよく考えて理解することができれば、コンクリートブロックに対する誤解が解けて、私も一緒に飛び立つことができるかも知れません。

半階上がっているリビングホッケン研 ハッシーこと橋村明

 2階の玄関から室内へ入りますと、半階上がってリビングへ到達します。同じフロアの和室や食堂より高い位置にあるのは1階の天井高のあるレッスンルームがこのリビングを持ち上げているからです。3階への階段の途中に大きなリビングがあるといった風情で大きく吹き抜けており、2階と3階の空間が緩くつながっています。
 3階への8段の階段は、踏板の片側を壁に飲み込ませた力桁階段です。無機的なコンクリートブロック空間に木製の階段を設えて優しさを与え、コンクリートの臥梁に打ち込まれたかわいらしいタイルのお茶目さは空間の硬さを緩和しているようです。
 圓山先生は、コンクリートブロックの硬さを十分に意識されているからこそ木部を効果的に表したり、ブロックで丸い壁面をつくったり、軸を途中から折り曲げて空間が真四角にならないようにしたりしてバランスを整えているのでしょう。さらに天窓からの光も活用して、空間が重たくならないように配慮されています。しかし、このくらいの理解ではまだまだ離陸はできません。

 時代が1980年代に至り、外断熱工法が認知され始めました。この工法で建てられた住宅は、どこに行っても温度にムラが無く環境が安定していることから、全ての居室を立体的につなげることが可能となりました。そしてそれまでは不可能だったリビングから半階下がった食堂にいるお父さんを見下ろすことや、お父さんの頭をまたいで上階へ行くという立体空間に抵抗がなくなったということも重要な時代の変化でした。そのような柔軟な空間がコンクリートブロックという確固たる素材で実現されていることや、安価なコンクリートブロックが豊かな空間を形づくっていることが対比的に面白く、かつ火山灰の豊富な北海道の風土性をも表現していることは、これ以外にふさわしい材料はないと言っているようです。このようなことが内側の飛翔を意味していると思われます。

庭からの外観

 一方、外部空間が飛翔するとはどういう意味なのでしょうか。コンクリートブロックを2重に積んで外部にもコンクリートブロックを見せるという行為に解答のヒントがありそうです。外部の仕上げは何でも良い、選択の自由のあることが飛翔だと思えそうなのに、もう1枚コンクリートブロックの壁を立てねばならないという選択の制限や難しい施工の果てに得られるのが飛翔だということなのでしょうか。

 不自由な外壁の中に自由な空間があると言葉で遊ぶことは、いささかキザに陥りましょう。難しく考えず、単に安価な材料であることと、内部と外部の材料が同じであることが素直に美しいと考えることが重要なことかも知れません。圓山先生は、建築構造の工夫で窓を建物の角に配置したり、弧を描いた外壁を表現しましたが、これはコンクリートブロックで仕上げられていればこそ、その美しさが引き立っているものと思われます。

 圓山先生がコンクリートブロック造の住宅に真正面から取り組んでいた1980年代。建築界では、様々な材料が登場し、カラフルに彩られ、派手な形の建物であふれ始めてきたところでした。そのような中で、寸法の決まった灰色のコンクリートブロックとじっくり対峙するということは、世の安易な自由に背を向けてその限界を超えようとする、そしてその可能性を追求しようとする姿勢だったに違いありません。外側の飛翔とは、このような心象を意味していると思われます。そして、この価値観に共感できる人が真の自由の翼の持ち主である、あなたなら飛翔できる、コラムタイトルはこのように宣言しているのではないでしょうか。

 このように考え及んで、コンクリートブロックに対する私の偏った印象は変化しました。ただし、その内と外が飛翔しているコンクリートブロック住宅に限ってその魅力がよく理解できたということです。やはり、コンクリートブロック塀はどうしても私を遠ざけます。重たいままでどこにも飛翔を感じさせてくれないからなのかもしれません。
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