建築年表 公共編

1951

定山渓ホテル

1951年

札幌市南区定山渓温泉西4丁目

現存

村田政真建築事務所

大成建設

絵葉書より

 定山渓温泉のホテル高層化や鉄筋コンクリート化はいつから始まり、そしてその原点はどこなんだろうかという疑問を持つ方も多いと思います。いいえ、いないかもしれません。

 ともかくその答えは定山渓ホテルでして、上記画像の和風旅館の右奥に写っている6階建ての棟が該当部分なのでした。1949(S24)年のこと支笏洞爺国立公園が指定され定山渓温泉もその範囲に含まれることが決定すると、定山渓ホテルの林孝一社長は近代化の先手を打ってこの棟を建設したのだそうです。しかも、定山渓で初めてのエレベーターが付いていたそうです。
 該当部分の棟は現在も残っています。残念ながら今(2025年)は長期休業中ですので中に入ることは出来ません。もし再開することになったなら、この棟の部屋を指定して宿泊してみたいものです。

 定山渓の老舗旅館群は、戦後の近代化と共にそれまでの木造旅館を建替えて少しづつ鉄筋コンクリート造で増築を重ねていきます。建替えや増築の変遷を辿り紐解いていくことは、この上なき私の楽しみであります。

 ところで建築家の広瀬鎌二さんは、ちょうどこの時に定山渓ホテルRC棟の設計担当をした村田政真建築事務所に在籍していたそうです。まさかこの設計監理で定山渓に滞在していたということはないでしょうか。実は、隣の鹿の湯クラブRC造増築工事は竹中工務店で施工準備が進んでいるところで、ひょっとすると上遠野徹先生も関わっていたかもしれないのです。上遠野先生と広瀬鎌二さんのデザイン共通性が気になる私は、定山渓で2人の出会いがあったのではないかとこじつけたくなってしまうのでした。
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