テラス側外観 新川高史さんより
かっぱ淵側に向いた外壁面には、太く大きな柱型が4本並んでいました。このような姿は田上先生らしいデザインだと思いますし、その柱型に窓枠を飲み込ませてすっきり見せようとした意図も伝わってきました。テラスの地面に打たれたコンクリートには柱型に揃わせて幾何学風な目地が入れてあり(うっかり撮影忘れ②)、このような所にも田上先生の味がそっと残っていました。
恐らくこの柱型を外観全体に並べたRC造のデザインが元々のもので、原案では内部も和風ではなかったことでしょう。大場さんは、原案を活かしながら地元業者さんに木造で建設をさせ、内部は和風で仕上げさせたのではないでしょうか。このような理由で、玄関庇だけにはしっかり田上デザインがありつつ、内外部のいくつかに田上先生の香りが残っているという不思議な建築になったのだろうという結論に至りました。
さて、この大場末吉別荘はどうして田上先生の作品リストに載っていないのでしょうか。私はまた大それた仮説を打ち立てました。1967年の作品とされている謎の「大坪築七邸」に疑いの眼差しをかけたからなのです。
「大場末吉」 おおばすえきち→おおぼつくひち→おおつぼちくしち 「大坪築七」
田上先生から聞き取り、または書き取りをしてリストの作成をした人が、このような間違いをしてしまったのではないでしょうか。私はこれ以外に、
同様の事例があることをいくつも知っているのです。