「日経アーキテクチャー 1978年12月25日号」より
上記のカラー写真を見てみると、解体直前の外壁は、くすんだ薄いウグイス色のように見えます。ところが竣工時は、モノクロ写真から推測するに、かなり濃い色のようです。
この件について田上先生曰く、「造形上、ペンキはグレーを押し通したが、軍艦のようだとの非難も一部にあった。」 (失われた教会堂 札幌市北1条教会堂を保存する会の記録)そうです。周囲の反対を押し切ってまでグレー、しかも教会に採用するには威圧感すら感じさせるほど濃い色にこだわったのは何故なのでしょうか?そして、田上先生は明るい色に塗りなおされた現在の外観を元の重々しい色に戻して欲しいと言っているのではないでしょうか?そうだとすれば、その事にどんな意味があるというのでしょうか?
ところで北1条教会は、マックスヒンデルと田上先生の指名設計競技でした。田上先生は1回目の案提出に、いつもの大きな幾何学窓を正面に据え、切妻屋根と柱が連なる水平デザインを組み合わせた外観で臨みました。いわば、正面はフランクロイドライト、側面はパルテノン神殿のようなデザインです。