ホッケン研 訪問取材

第6回

高橋邸

2014年06月22日9:00~12:30 快晴

竹中工務店北海道支店 上遠野 徹

1957(S32)年

地階RC造・木造2階建

竹中工務店北海道支店

札幌市中央区円山西町

竣工時 1957年 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

 高橋邸...それは上遠野先生の住宅作品第1作です。竣工当時の掲載誌を開いてみると、驚くべき美しさとその空間展開に目が釘づけになります。この住宅が現在も美しいままに住み続けられています。失われる前に内部をじっくり堪能してみたいという欲求が沸き起こり、日増しに強くなっていきました。そして、それとは別にこの住宅には1つの謎があり、それを解決したいというのも我々ホッケン研の願いでありました。

竣工時 1957年 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

1980年頃 写真 鈴木悠さん 2階に小窓がついた

現在 2014年 2階小窓がアーチ窓に変わっている

 謎というのは、2階にある3つのアーチ窓のことです。この住宅は、白漆喰塗の壁が黒い柱と梁で幾何学模様に分割され、窓もその狙いに沿って配置されています。つまり、直線デザインでの統一がキモであるのに、竣工時には無かったはずのアーチ窓の「弧線」が、そのルールを破っているのです。一方で白黒の外観は美しく保たれており、その手入れの丁寧さからは、今お住まいの方による強い保存の意思が伝わってきます。

 このアーチ窓を取付けた方は、この住宅デザインを尊重しているのかしていないのか、一体どういうことなのでしょうか?

竣工時 1957年 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より スロープがカッコいい

1980年頃 写真 鈴木悠さん スロープは新しくなっているようだ

現在 2014年 2階納戸が拡張され天井も高くなりアーチ窓がついている

 遂に我々の願いが叶い、この住宅へ訪問して現在お住まいのMさんからお話を伺わせて頂ける機会を得ました。初代オーナーの高橋さんから、現在のMさんが住まわれる間に5人の方が変わっているそうです。そのような遍歴を経てもなお、失われずに残り続けてきたのです。元々この地の地主さんでいらしたMさんがこの住宅に移り住んだのが1984年、ということは今まで30年間住み続けていらっしゃることになります。

「白黒の外観を守られているようですね。」
「今年も息子に塗ってもらったの。」
「随分と大事にお住まいのようですね。」
「上遠野さんの設計された家なのでね。」
「ところで、2階のアーチ窓の事なんですが・・・。」と、恐る恐るお尋ねをしました。

 1968年から1997年まで、Mさん御夫婦がこの住宅の横で「サッポロハイツ」という企業向け研修センターを経営されていたとのことでした。その営業を終えられ研修センターを解体する時、建物についていた印象的なアーチ窓を保存し、住宅2階を拡張増築した際、懐かしい記憶を残せるようにとその窓を移されたのだそうです。そんな素敵な物語に、謎はすっきりしたのでした。

サッポロハイツとMさん御家族 移植前のアーチ窓が見えます

親戚の子供達 左隣に高橋邸が見える

 あらためて外観を眺めてみました。住居部分は基礎高に持ち上げられ、軽々としています。その基礎は、札幌軟石の乱積みになっています。乱積みにしたことが、外壁のモンドリアン的分割デザインと素敵なハーモニーを奏でていると思います。庭土を抱いた軟石の壁が斜めに住宅へ接続していく様子もたまらなく美しいです。直角の世界の中へ斜めの線を散りばめてピリッとさせた効果は、2階和室の屋根なりの窓や玄関へのスロープにも見ることができます。

 玄関扉は内開きでした。居間に入ると、L字形に大きく開いた窓が周囲の景観をパノラマのように取り込んで、室内に居ながら外に居るかのような解放感に包まれました。こんなに大きく開口部を取ることは、当時の札幌市民の憧れであったでしょう。なぜなら、この当時の市民は、防寒を重視した窓の小さな暗い住宅に住まざるを得なかったはずだからです。上遠野先生は窓の内側に雨戸と障子を仕込むことで断熱しながら、それらを全て戸袋に収まるように工夫し、開口部を妨げることなく完全に確保しました。窓の内側に雨戸とはなんとも理解しがたいですが、北海道で雨戸を付ければ、雪のせいでたったひと冬で壊れてしまうに違いないでしょう。だから内側につけ、夜間のカーテン、そして防犯の役目も果たしているのでしょう。天井には旧家の古材を再活用したという梁材が、居間と和室にかけて並んでいます。なぐり仕上げの細い梁が、この家に良く合っています。居間と和室を仕切るふすまの上に欄間の障子が無いのは、和室の梁まで連続して見渡せるようにしたのだろうと思います。奥へ奥へと視線が引っ張られ、小住宅であることを感じさせません。

居間 竣工時 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

居間 現在

居間から和室 竣工時 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

居間から和室 現在 和室は奥に拡張増築されている

 2階へ至る階段は、1本の支柱に踏板が組み合わされたデザインになっていました。その華奢なまるで宙に浮いた姿は、外観の軽さを再び思い起こさせじんわりと心に響いてくるのでした。

玄関・階段ホールの竣工時及び2014年時の対比
モノクロ画像「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

2階ホールの竣工時及び2014年時の対比
モノクロ画像「北海道建築士」1958-Vol.22 北海道建築士会 北海道建築設計監理協会 共編より

 2階の和室は、屋根なりの天井と壁に囲まれた部分がすっぽりと五角形の窓として切り取られています。この緊張感溢れた部屋に足を踏み入れた途端、気持ちが引き締まって自然と正座になってしまう我々なのでした。

2階和室 竣工時 「新住宅」昭和33年9月号 ㈱新住宅社 より

2階和室 現在

障子を閉めた様子

 見所満載の住宅作品第1作でした。
 その中で我々が最も釘づけになったのは階段でした。支柱の真上を選んで登らないと危なっかしい踏板なのです。ギシギシギコギコいう階段を壊さずに、デザインを活かした修理を選んだMさんのお話を伺い、このように理解あるMさんと巡り合った家の幸運に心が沁みました。できることならこのお話を上遠野先生に報告したいとも思いました。皆で廊下に座り込み、踏板の収まり具合を観察しながら話に花を咲かせました。何故この収まりで踏板が割れずに持ちこたえているのだろうか?どうもムクの踏板の中に鉄棒が仕込まれているようだね。あれこれ想像しながらも、結局どういう仕掛けになっているのかわからないという新たな謎を抱え、訪問取材を終えたのでありました。

段板に栓跡があるが、どんな仕掛けがされているのだろうか 高橋邸に生まれた新たな謎である

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