失われた建築

lost/2019

札幌市南消防署

2019年
解体

2019.04.01

札幌市南区真駒内幸町1丁目

2019年 解体

1964年
 「鉄筋コンクリート造平屋建て」という言葉にザワッとするのは、この頃ではなかなか聞きなれない言葉であるからと思うのです。ただ単に柱と梁をコンクリートで造るのではなく、まるで寺社建築の木造架構であるかのように見せるのは、丹下先生に端を発した流行デザインではありますが、このような案件にまでその影響力が及ぶとは、恐るべし丹下と思うのであります。そして、壁面がレンガ仕上げというところにもウ~ンとうなってしまうのであります。

 ところで1958年の旭川市庁舎は、佐藤武夫さんがレンガを使用した素晴らしいモダニズム建築ということになっています。しかし、レンガというものは古い様式建築に使われた材料であり、モダニズム建築には最も不釣り合いな材料ではなかったでしょうか。その土地性や歴史性から解き放たれて自由であることがモダニズム建築の真骨頂であるはずです。当時の北海道民にしてみれば、レンガというものは懐かしく素朴な材料であって、少なくとも「粋」な材料ではなかったでしょう。

 一般的にはそのような印象のレンガを上手に使ってレンガの新しい魅力を引き出しつつ「粋」の領分まで高め、そしてモダニズム建築の新しい局面を切り開いた点が佐藤武夫さんの斬新さだと思うのです。

 学生時代に数年間だけ旭川にいたことがあったという佐藤武夫さん、その思い出にレンガの建物の存在が大きく占めていたそうです。温かみを感じさせてくれたレンガをタータンチェックにデザイン積みしたといいます。しかし、やや唐突な感がするタータンチェックのデザインです。佐藤武夫さんは旭川で暮らしていた少年時代、タータンチェックのほっかぶりをした女子学生に恋心を抱いていたのかも知れません。そして今では、街行く女性のタータンチェックのマフラーや事務所女性スタッフのタータンチェックの膝掛を見るだけで、初恋の相手を思い出すようになっていたのではないでしょうか。

 還暦前の設計者が少年時代の甘い記憶を市庁舎のデザインに託す。あっても良い話だと思うのです。

 北海道の風景にもう一度レンガを差し込む。それもモダニズムとしてレンガを使うという技と勇気が北海道の建築家よりも先に愛知生まれの建築家に生まれてしまったところ、正直に言うと、そこが少し残念です。

 この札幌南消防署の外観には、当時の建築界の話題を写し込んだ姿が見えてきて、ついついじっくり立ち止まって眺めたものです。
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