失われた建築

lost/2021

ホテルアルファサッポロ (現 ホテルオークラ札幌)

2021年
解体

2021.11.12

札幌市中央区南1条西5丁目

2021年 解体

1980年

観光企画設計社 上原秀晃

大林組
 今年の9月20日に閉館したホテルオークラ札幌。それ以来ひと気のない様子が続いていましたが、ついに囲いに包まれはじめました。

 特別心残りとなったのが、ホテル1階天井からぶら下がっていた「バーオークラ」。設計者の上原さんがペロッと舌を出しながら、「極めて天井高の低いバーですがね。」と教えてくれたバーであります。あそこで飲むウイスキーはまた格別なのだろうと、ホテルに電話しました。

「蔓延防止措置が明けましたら再度営業の検討をしたいのですが、あいにく今のところは何とも申し上げられない状況でございます。」

 結局そのまま再営業できないまま、閉館日を迎えてしまったのでありました。

 せめてバーの写真だけでも撮りに行こうと最終日に訪れてみますと、たくさんのメディアでごった返していました。そんな中、ギリギリで撮影できた最後の姿を載せてみます。
 ところで昔々、高校1年のこと。
 ある日、私は思い切って女の子を映画に誘いました。このホテルの地下に「三越名画座」という落ち着きある小さな映画館があったのです。

 封切り映画ではなく、名画という意外性で勝負に出てみました。
 館内に入ると1人掛けチェアが贅沢な間隔で配置してあることに気がついて、これは計算外だったと呆然としました。チラと彼女を見ると、私と隣同士で座れないことについて残念なような、安心しているような、またはそのことに何ら関心がないともいうような顔をしていて、不安になりました。ただし、いつもはドクタースランプアラレちゃんみたいな黒縁眼鏡をしている彼女が、今日ばかりは眼鏡を外してきているところを見ると、とりあえずは、良い方向に捉えてもいいだろうと思われました。まあ本当は眼鏡の姿が良かったのですが。
 映画は「クレイマー・クレイマー」でした。
 名画なら何でもいいだろうと思っていたし、誘えたタイミングでやっていたのがコレだったので仕方がありません。「映画を見に来たのに眼鏡忘れちゃった。」と言って字幕を読むことを諦めた彼女は、映画の最中、明日の小テストのことを考えているのではないかと思われました。深刻な映画が終わって気分の萎えてしまった2人はそのままどちらから言うこともなく満員のバスに乗りました。それぞれ吊り手に捉まった2人の間に、後から来た中年男性が割り込みました。その鈍感さと無神経さに憤慨しつつも、2人の間に重苦しい半人分の空間があったのだから割り込まれるのも仕方がないと観念しました。耐え難い時間を過ごし、割り込まれた人越しに「(家まで)送るから。」「いや、大丈夫。」という最後の会話を交わした後、私は自分の停留所で先に降りたのでした。


 こんなほろ苦い青春の記憶もホテルの解体とともに思い出すこともなくなるでしょう。ここに記録しなければ消え行く記憶、そうすることも良いと思いましたが、一応、置いておきましょう。


 あの時、彼女の手を取って映画を途中で抜け出し、中島公園のボートを乗りに行っていたらと考えてみます。想像の世界では、私は勇敢です。

営業最終日2021年9月20日

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