懐かしい風景

nostalgic/2011

懐かしの廃ペンション

2011.03.23

留寿都村
 ルスツリゾートの一寸手前に、廃ペンションが点在して残っています。
 1991年、大学生だった私は、誤って友人達とこれに宿泊してしまいました。

 当時でさえ、これらの建物の幾つかは廃屋になっていたり、壊れて使えない状態になっていました。案内係の老人は「あれに辛うじて電気が通っている。」と、唯一まともな外観の1棟を指差しました。我々は、体を硬直させて唾を飲み、これから展開されるであろうハプニングを覚悟しました。

 玄関扉を引いて、古く冷たい空気に分け入ります。
 吐き出した息が、白く留まって消えません。
 足の裏のじゅうたんが、硬くなっています。
 この世に冷凍保存された空間というものがあるとすれば、ここに違いありません。

 テレビのスイッチを入れるが、どのチャンネルも映りません。
 「昨年の猛吹雪でアンテナが折れた。」と、老人はテレビに一瞥もくれずに言いました。
 とても古い布団と毛布には説明はありません。
 見れば分かるという事なのでしょう。
 無論、風呂は湯が出ません。
 小さなポータブルストーブが一つ置いてありました。
 これで今夜を過ごすことになりそうです。
 老人が、炭化したストーブの芯にマッチで繰り返し火を点けています。
 灯油の目盛りは四分の一しか指していません、が、もう質問はやめました。

 和式の汲み取り便所。
 これが本当の和洋折衷なのかも知れません。
 その便器の木蓋を恐る恐る持ち上げると、穴の奥から乾いた風の音が聞こえてきました。
 暗い底をじっと見つめていると、荒涼とした恐山のような霊場風景の錯覚に囚われました。

 1970年代の建築と思しき、これらペンション群。
 当時の日本人が抱いていた洋風に対する憧れ、そんなものが強烈に伝わってきます。
 水色や黄、ピンクに塗られた外壁の色が悲しいのです。

 現在も人気の新築洋風住宅を見かけると、どうしてもあのペンションの事が思い出されてしまいます。
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