ルスツリゾートの一寸手前に、廃ペンションが点在して残っています。
1991年、大学生だった私は、誤って友人達とこれに宿泊してしまいました。
当時でさえ、これらの建物の幾つかは廃屋になっていたり、壊れて使えない状態になっていました。案内係の老人は「あれに辛うじて電気が通っている。」と、唯一まともな外観の1棟を指差しました。我々は、体を硬直させて唾を飲み、これから展開されるであろうハプニングを覚悟しました。
玄関扉を引いて、古く冷たい空気に分け入ります。
吐き出した息が、白く留まって消えません。
足の裏のじゅうたんが、硬くなっています。
この世に冷凍保存された空間というものがあるとすれば、ここに違いありません。
テレビのスイッチを入れるが、どのチャンネルも映りません。
「昨年の猛吹雪でアンテナが折れた。」と、老人はテレビに一瞥もくれずに言いました。
とても古い布団と毛布には説明はありません。
見れば分かるという事なのでしょう。
無論、風呂は湯が出ません。
小さなポータブルストーブが一つ置いてありました。
これで今夜を過ごすことになりそうです。
老人が、炭化したストーブの芯にマッチで繰り返し火を点けています。
灯油の目盛りは四分の一しか指していません、が、もう質問はやめました。
和式の汲み取り便所。
これが本当の和洋折衷なのかも知れません。
その便器の木蓋を恐る恐る持ち上げると、穴の奥から乾いた風の音が聞こえてきました。
暗い底をじっと見つめていると、荒涼とした恐山のような霊場風景の錯覚に囚われました。
1970年代の建築と思しき、これらペンション群。
当時の日本人が抱いていた洋風に対する憧れ、そんなものが強烈に伝わってきます。
水色や黄、ピンクに塗られた外壁の色が悲しいのです。
現在も人気の新築洋風住宅を見かけると、どうしてもあのペンションの事が思い出されてしまいます。