懐かしい風景

nostalgic/2012

北海道開拓の村に潜む名脇役

2012.05.06

札幌市
 昔の消火栓が、北海道開拓の村にひっそりと残っているらしい。
 4基だけ大事に保存され、移築されたというのです。
 この消火栓、私の祖父が造ったのだという伝説が、親戚の間で誠しやかに伝えられています。ならば確認せんと、勇んで出発をしました。
 現在の札幌市の消火栓は黄色です。
 この消火栓は、水色だったようです。
 自分の記憶に残っているような気もします。

 現在の消火栓には、ホースをつなぐ栓が付いています。
 しかし、これには見当たりません。
 代わりに動物の顔が付いています。

 顔を覗き込んでみたら、口に穴が開いているではありませんか。
 蛇口を廻すか、呪文でも唱えれば、口から水が出てくる仕掛けのようです。
 この口元に桶を構えて火事場に向かったのでしょうか?
 そんな事では、あまりに悠長ではないでしょうか!?

 家に帰って調べてみると、これは消火栓ではなく上水道の共用栓ということでした。井戸汲から水道に代わり、まだ各戸に供給がされていない時代、数戸の家で共同使用した水の汲み出し口だったのだそうです。札幌に上水道が創設されたのが昭和12年。この共同栓の基礎部分に右横書きで「栓用共寒耐」(耐寒共用栓)と表示されています。ですからこの共同栓は、昭和12年から左横書きが定められる昭和26年までの間に作られたものと思われます。

 既に本州の主要都市には、明治時代にイギリスから輸入された共用栓が広がっていたそうです。上水道普及の遅れた札幌は、そのデザインを元にレプリカを準備したらしいのです。そこで、菊水北町にあった鶴巻鋳造からその向かいで木型職人をしていた私の祖父に依頼があったと思われます。

 山下家の自慢話として、子孫代々伝えていこう。  2012.5.6
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