素敵な建築

suteki/2023

有島記念館

2023.07.19

虻田郡ニセコ町字有島57番地

1978年

飯田勝幸
 北海道にちなんだ小説を読むことが好きだった頃、やはり有島武郎さんの作品もいくつか読んでみました。そして惹かれるように有島記念館に行ってみたことがあります。しかし、その時は現代建築にほとんど興味がなかったこともあって、記念館の外観を見た時は違和感を持ちました。有島武郎さんといえば札幌時代に住んでいた木造板貼りの素朴な家が思い浮かんでくることもあり、そのようなデザインの記念館であることを心のどこかで期待していたからなのです。

 ギザギザの外観は有島の悩みや葛藤を表現したものであるという説明があって、理解はできるが同意はしにくいなあと感じつつ見学を終え、その感想を持ち続けたままでいました。

 しかし最近になって、この記念館は私のお気に入りの建築家 飯田勝幸さんが手がけられた作品であったことを知りました。それではもう一度訪れて良く確認してみなくてはならないと、車を駆ったのであります。
 今眺めてみても、やはり強烈な外観であることには違いありませんでした。しかし、もしも有島自邸を模したような木造板貼りだったならば、逆に物足りなさを感じたことでしょう。そしてそれほど印象に残らず帰路へつくことになったかも知れません。鉄筋コンクリート造で有島武郎を表現しなければならないという難問に飯田さんがどのように立ち向かったのか、設計者の苦悩も表れているように思えました。
 近寄りがたい外観から中へ入ってみれば、何とも奇妙に生暖かいレンガの世界に包まれました。ギザギザの外壁は内部にもそのまま現れていて、まるで有島武郎の心のヒダに触れるかのようでした。内部全体は片流れ天井の吹抜けのある大空間になっていて、一部がロフトになった2階部分や壁沿いのブリッジ部分から展示物をあらゆる角度で味わえる仕掛けになっていました。
 奇妙に生暖かいと感じさせる原因は、段々状に架けられた傾斜した木板天井や、縞々状に貼られたレンガによって、体内のようなもしくは脳内を思わせるような雰囲気にあります。特に縞々模様のレンガは地層のような緻密な重たさをもって迫ってきます。有島武郎の心に幾層にも積み重なったストレスが見えるかのようです。
 割れたレンガを敷き詰めたり、壊れた面を露出させたデコボコは、有島武郎を表現しようと捻り出した飯田さんのアイデアなのでしょう。しかし、床だけでなくあちこちの壁面に現われるデコボコ部分には、建物が侵されはじめたような病的な暗ささえも感じられるようです。まるで有島武郎の心の闇が見えるようでした。

 このような密度の濃さを表現された飯田勝幸さんのデザイン力にますます深く惹きつけられてしまい、最初に感じた違和感を撤回した私なのでした。

有島武郎記念館の後姿 この屋根の架け方が肝です

 
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