網走市立郷土博物館本館と増築棟(右側)
網走市立郷土博物館増築棟は、1936年の旧称北見郷土館の隣に開館25周年を記念して1961年に建設されました。しかし、この増築棟のカッコ良さは、本館の高評価に比べてほとんど無視されており、かわいそうです。
本館の完成した1936年と言えば、田上先生ご活躍第1期の終わり頃です。その頃のデザインスタイルは、網走観光ホテルや十勝川観光ホテルに見られる白い壁面のカクカクモダンです。それなのに、この本館は白いカクカクモダンを要素としながら、突飛な赤いドームとアーチの屋根が組み合わされています。それに加えて深い軒、そして胴には極めつきの左官ブロックタイルが回っています。他の田上ファンには怒られるかもしれませんが、敢えて言いましょう。これは混沌、コンフュージョン、いや、カオスであります。いや、カオスは言い過ぎました。まあ、このようなデザインの方が、確かに深く印象に残るのでしょう。
ところで、なぜ田上先生はこの建物で左官ブロックタイルを使用したのでしょうか。
田上先生が帝国ホテルの設計スタッフとして事務所に入った時、ライト先生の作風はプレイリースタイルを離れ、石やタイル、テキスタイルブロックを使用するザラザラゴツゴツ時代の真最中でありました。だから、ライト先生のプレイリー住宅の親しみやすさを期待していた田上先生は、鉄筋コンクリート造に大谷石やスクラッチタイル、テラコッタタイルで装飾していく方法に、戸惑いを感じただろうと思います。しかし、設計作業に打ち込んでいるうち、ザラザラゴツゴツの魅力にとりつかれたのではないでしょうか。
ところが田上先生、札幌でのデビューの武器には、やはりプレイリーデザインを使用して、狙い通りに成功したのです。北海道では、習ったばかりのザラザラゴツゴツ住宅をやるよりも、ちょっと時代遅れだがプレイリー風をやった方がいい。屋根の勾配を急にすれば、雪も落ちるだろう。しかし本当は、直伝の重みあるザラザラゴツゴツをやってみたい。こんな葛藤にさいなまれていたのではないでしょうか。
そんな折りの1934年、札幌グランドホテルと札幌中央警察署が竣工、ともにスクラッチタイルとテラコッタタイルでお化粧されました。帝国ホテル完成から12年、ザラザラゴツゴツの波が札幌にも押し寄せてきたのです。
「おっと、まずいことになった。これは私が一番に札幌でやらなければならない意匠だったのに・・・。」というタイミングで設計のスタートをした北見郷土館。
「結局赤いドームもやることになってしまったし、外壁を存在感のある左官ブロックタイルで仕上げればバランスが取れるだろう。逆に言えば、やっと直伝の技を披露する機会に恵まれたという訳だ。」
本館を見ると、左官ブロックタイルの採用理由に、こんな想像を思いめぐらせてしまうのです。それにしてもザラザラゴツゴツは胴回りのみで、それ以外のタイル仕上げもあるにはありますが、中途半端の感じが否めないのは残念です。どうせなら、建物全体を左官ブロックタイルで埋め尽くしたり、大谷石で飾り付けてほしかったと思います。