田上 義也 作品アーカイブス

tanoue/1965

札幌市本山地区集会所

tanoue/1965年

札幌市南区定山渓

無意根山荘解体以前に解体

「豊羽鉱山30年史」豊羽鉱山社史編集委員会 1981年 より

ホッケン研小野氏より、本山地区集会所の画像発見の連絡を受けた。
その画像の載る本を読んでみると、本山地区集会所という建物は、上記の無意根山荘と廊下続きでその右側に併設されていたそうである。
更には「本山ロッジ」として完成した施設が、後になって「無意根山荘」と名付けられたという情報も得ることができた。

この時期、全国的に工場の労働環境に改善を求める声が大きくなってくる。
豊羽鉱山で働く本山地区の住民もその例にもれず、それまで無かった彼らの憩いの場と年々増加する無意根山の登山者を含めたロッジの建設を1963年の市長懇談会でお願いし、実現したようだ。
建設費は、豊羽鉱業所からの寄付金も含めて総額1400万円とあった。

このように2棟が並んだ姿を眺めてみると、集会所の外観デザインの方に1票を投じたくなる。
集会場の窓面も白く見えているので、幾何学模様の正方形グリッドに壁面分割されている様子がモダンである。
薄く深い軒が華を添えているが、竣工1965年2月の翌月迄に累計18.4mの雪が降ったとのこと。
いきなりの大雪試練に軒が耐えられたかどうか心配をしてしまうのです。
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