「THE80TH ANNIVERSARY CHIZAKI-GUMI」より
定山渓温泉で「鹿の湯」と「花もみじ」を経営されている鹿の湯グループ。1927年から現在までに及ぶ長い歴史のあるひととき、支笏湖にもホテルを持っていたそうです。それが、田上先生による設計だったのです。
湖に向いた横長の宿泊棟、そしてライト先生譲りの幾何学デザインの窓を持った食堂と大浴場の棟が飛び出しています。ここの敷地は後ろの森へ少しづつ高くなっているので、恐らくエントランスホールはこの裏側2階にあるでしょう。カウンターでチェックインを済ませれば、そのままロビーを通り抜けて外部テラスに誘導されるはずです。光に満ちたテラスに出てみれば、大自然の風に吹かれながら支笏湖の絶景に浸ることができるという仕掛けに違いありません。
このイン・アウトの切り替えによるテクニックには、本当に心がワクワクしてしまうものです。このホテルが今なお支笏湖畔に残っていたのなら、世の田上ファンは誰しも訪れたくなるでしょう。
赤い屋根に薄桃色の外壁、木肌を効果的に使った外観は、鉄筋コンクリート造であるにも関わらず、とても優雅で温かみのある印象です。宿泊棟壁面の分割デザイン、テラス全体に及ぶパーゴラ、陰影深い数々のデザインが、フルコースの田上先生らしさにあふれています。室内もまた、手抜きなしの立体的な装飾が隅々にまで施されています。ところがこのホテル、あまり長生きできなかったようなのです。
ライト張りのデザインは当時、一般市民にどのように受け取られていたのでしょうか。ちょうど帝国ホテルの解体と同時期なので、リバイバル的な話題を提供したかもしれません。もしそうだとしたら、熱い話題が冷めるとともに注目度も下がってしまったのでしょうか。